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死刑 ― 残虐な刑罰とは?

<日本国憲法 第36条> 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる


 昭和23(西暦1948)年3月、最高裁大法廷は、死刑そのものは憲法が禁止する
「残虐な刑罰」にはあたらない、と判決した。「残虐な刑罰」とは、同年6月の
最高裁大法廷判決によれば、「不必要な精神的、肉体的苦痛を内容とする人道上
残酷と認められる刑罰」とされる。現行は絞首刑が用いられているが、死刑の
執行方法などが「その時代と環境において人道上の見地から一般に残虐性を有する
ものと認められる場合」には「残虐な刑罰」となり、憲法36条違反となる。

 それでは、残虐な刑罰の具体例について、『多久の漢文王国』から引用してみよう。

<漢字をカンジてみよう>

【剥】 剥製の「剥」であるが、『剥皮の刑」というのがある。
  うつむけにさせておいて、頸から尻へかけて、スーッと切り、
  すぐに皮を剥いでいく。張献忠(1606〜46、明末農民反乱の首領)
  の記録を見てみよう。

   眼の前で、ちょうど鳥が羽をひろげたように皮を剥ぐ。しかも
  剥がされた人間が一日で死ぬようなことがあるなら、剥いだ人間も
  殺されてしまう。なるべく長いこと生かしておいて、最高の苦痛を
  味わあせるためである。剥ぎとりの役人の言葉に「私はあとさき
  六十何人、人間の皮を剥いだが、痩せた男がいちばん仕事がしやすい。
  皮と肉の間に脂肪がないから、スルスルと簡単に切り開くことが
  できる。肥っている女で、脂肪がブヨブヨしていては、切っては剥ぎ、
  剥いでは切るといった具合で、皮に肉がつき、うまくいかない。
  とくに乳房が難しい」とある。

【裂】 衣を刀でピリッと引きさく。女声の悲鳴にそっくりである。
  「列」は刀で身体を分解すること。それには順序がある。それで、
  ちゃんと列をなすことの意となった。

   「車裂の刑」というのが古くからある。また、戦前にも馬賊間には
  リンチとしてよく用いられた。一頭の馬の鞍に左脚を、もう一頭の
  馬の鞍に右脚をしばり、宙吊りにさせる。そして二頭の馬に一度に
  鞭をくれると、人間はまっぷたつになってひき裂かれる。(後略)

【民】 目を針で、ブスッと一突きした形である。これは目をつぶされた
  奴隷という意味である。逃亡を恐れて、奴隷の持ち主が行った。

   これは私が中国にいるときも公然と行われていた。戦災や何や
  かやで売りとばされた、いたいけな女の児や放浪の少女などを
  ボスが買い取ったり、流民の中から誘拐したりして、京胡(京劇
  伴奏用の胡弓)や唱戯(京劇の歌を唄う)、また京劇の白(韻白・
  京白)などを教え込み、十四、五歳になると客席に出す。ボスは
  大いに少女を搾取するのであるが、客席に出す前に目を針で突き
  さして、盲目にしてしまう。広東、上海付近はとくにこれが甚だし
  かったが、治外法権である各国の租界があって、ここに逃げこまれ
  ると、つかまえるのが困難であったためである。場合によると
  国際的トラブルが生じる。そこで目をつぶし盲目にするのである。
  また、少女が客を選ばないようにする効果もあるわけである。(中略)
  そして、二十歳をこえると喉がつぶれ、盲目のまま放り出される。
  細い杖をついて纏足の脚をヨチヨチさせて歩く女性を見かけては、
  世の残酷さをひしひしと感じた。

<女の怨念> 呂后と戚婦人

   漢大帝国を創成した高祖の皇后を呂后という。孝恵を生んだが、
  その子は仁弱で高祖から疎まれ、こともあろうに、戚姫という美人
  との間に生まれた如意を皇太子にしようと、高祖は考えた。もちろん
  戚夫人の甘い甘い涙の結果である。しかし、重臣たちの諌言によって、
  高祖は如意を跡継ぎにすることを、やっと思いとどまったのである。
  以後呂后の怨みは、戚夫人と如意に集中した。

   高祖は漢の十二年四月甲辰、長楽宮殿にて崩御された。さっそく
  呂后の怨念が行動となってあらわれた。戚夫人を捕らえ、まず手足を
  切断し、目を抉り、耳に焼け火ばしを突きさす。のどがつぶれて、
  声にならない声で号泣するのを、かるがると抱きかかえて、「人間豚じゃ、
  人間豚じゃ、めすの老いぼれ豚じゃ」と言って便所の中にたたきこんだ。
  当時の便所はプールのようになっていて、その一隅で用をたした。
  汚物の中を白い肉のかたまりがのたうちまわる。呂后は気持ちよげに、
  「皆の者よ。人間のめす豚じゃ。早く参れ」と大はしゃぎである。
  帝位についていた孝恵は、「何事ならん」とよくよくご覧になると、
  艶麗たぐいなき戚夫人の変わり果てた姿である。瞬間、帝は「アイヤ」
  と一声、その場に昏倒された。それがもとで病気がちで、酒色にのみ
  ふけられたと記録されている。また戚夫人の子の如意も毒殺された。
  女の怨念のすさましさがよくわかる。

(以上、多久弘一・著『多久の漢文王国』代々木ライブラリーより抜粋)

 簡単に殺さずに徹底して苦痛を与えることが残酷であることが分かるだろう。

 司法研修所が実施したアンケートによると、殺人事件の判決を「妥当」と
考える国民は17%に過ぎず、80%は「軽い」と答えている。なお、「重い」
と答えたのはわずか3%である。

 死刑は憲法が禁止する「残虐な刑罰」にはあたらないとした上記の最高裁
大法廷判決には、「ある刑罰が残虐であるかどうかの判断は国民感情によって
定まる」との補足意見がついている。すなわち、裁判官は常に一般国民の
感覚に照らし合わせて「適正な処罰」を下すべきである。


■リンク■
国際派日本人養成講座(420) 裁判官がおかしい
 反省もしない殺人犯たちに同情し、被害者遺族を無視する
   おかしな裁判官たち。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h17/jog420.html

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