<< Young Stars in Old Farm Villages | main | Arbitrary Conservationism of Western Countries >>

平均年収2500万円の農村 ー 長野県川上村

■ Japan On the Globe(633) ■ 国際派日本人養成講座 ■

The Globe Now: 「明るい農村」はこう作る
〜 長野県川上村の挑戦

「信州のチベット」が高収入、高出生率を誇る
「明るい農村」に変貌するまで。
■転送歓迎 H22.01.31_38,738 Copies/3,247,159 Views ■

■1.「信州のチベット」が「明るい農村」に

 山梨県、埼玉県、群馬県との県境にある長野県川上村。西
に八ヶ岳連峰が聳え立ち、東、北、南もそれぞれ2千メート
ル級の山々に囲まれ、かつては陸の孤島、信州のチベットと
呼ばれていた。

 村の平均標高は1270メートル、真夏でも平均温度20
度前後、冬はマイナス20度近くまで冷え込む寒冷な高地で
ある。そのため稲作や果樹の栽培には適さず、昔は猟や林業
で細々と生計を立てていた。

 千曲川の源流もここに発し、島崎藤村は『千曲川のスケッ
チ』で川上村を「信州の中で最も不便な、白米はただ病人に
いただかせるほどの貧しい荒れた山奥の一つ」と記していた。

 その村がいまや平均年収2,500万円もの豊かな農村に
生まれ変わっている。

 年収ばかりではない。多くの農村が過疎と高齢化に悩まさ
れている中で、川上村の出生率(一人の女性が一生に生む子
どもの人数)は1.83と、全国平均の1.34どころか、県
別トップ沖縄県の1.75すら上回っている。

 川上村では、農業を継ぐ若者も多く、農業従事者のうち、
30代、40代が約37パーセントと、全国平均の9.4パ
ーセントを大きく上回っている。また7割の嫁が東京などの
都会から嫁いできて、3、4人の子どもを生み育てている例
も多い。

 日本全国の農山村が川上村のように活気ある「明るい農村」
に生まれ変わったら、我が国もどんなにか住みやすくなるだ
ろう。今回は、川上村の変革がどのようになされたのか、追っ
てみよう。


■2.期待、安心、そして夢を運ぶ村営バス

 川上村の変革をリードしたのが、村長・藤原忠彦さんであ
る。藤原さんは昭和13(1938)年、川上村の農家の次男とし
て生まれた。父親が若くして亡くなり、長男は東京の大学に
進学したばかりだったので、藤原さんが高校を中退して農業
を継ぐ事になった。

「家の犠牲になった」という意識もあって、東京に出ては遊
び回っていた時期もあったが、昭和36(1961)年に転機が訪
れた。農林省による寒冷地対策事業の一環として、大型トラ
クターが導入され、その運転手として村役場の臨時職員に採
用されたのである。機械好きで、村では珍しく大型特殊免許
を持っていたのが、幸いした。

 藤原さんはトラクターを運転するのが楽しくて、村中の畑
を耕した。その姿を見て、当時の村長が正規職員にしてくれた。

 昭和57(1982)年、藤原さんは44歳で企画課長に昇進し
た。この頃、村では人口減少と過疎化が進んでおり、唯一の
民営路線バスも赤字続きで、廃止が決まっていた。「路線バ
スが廃止されれば、村の安心感がなくなり、過疎に拍車がか
かる、なんとか存続させたい」と藤原さんは考えた。

 そこで路線バスを村営化し、さらにスクールバスや幼稚園
送迎バスと併用することで黒字化する、という案を作った。
しかし路線バスは運輸省管轄、スクールバスは文部省管轄と
監督省庁が異なり、前例もないので、なかなか認可が下りな
かった。

 藤原さんは関係部局に夜討ち朝駆けの説得を行い、やがて
その意気に感じた役人が、遂に認可をしてくれた。この方式
で村営バスは黒字化に成功し、以後、全国的にも「川上方式」
として有名になった。

 藤原さんが幼稚園の卒園式に招待された時、一人の子ども
が「ぼくは大きくなったら村営バスの運転手になる」と言っ
た。これを聞いて、藤原さんは、「バスは単に人を運ぶだけ
ではなく、人々の期待や安心、そして夢をも運ぶものなのだ」
と実感した。


■3.ケーブルテレビで農村の情報化

 企画課長として、次に取り組んだのが、農業の情報化だっ
た。川上村は、食生活の欧風化の波に乗って、レタスの出荷
を行っていたが、東京市場では新興産地のレタスに価格面で
後れをとりつつあり、何らかの対策が必要だった。

 その柱が情報化だった。正確な気象情報があれば、的確な
農作業が可能になり、また市況情報により価格が高いときに
タイムリーに出荷できる。

 川上村は地上波テレビの難視聴地域でもあったので、まず
ケーブルテレビ(CATV)の導入を図り、これを利用して
農家向けに情報を流せないか、と藤原さんは考えた。

 これには数億円の予算が必要になるが、藤原さんは農水省
に補助金を出して貰えないか、と掛け合った。答えは「ノー」。
有線テレビはダメだという姿勢だった。しかし、村営バスを
実現した経験から、藤原さんはまたも夜討ち朝駆けをくり返
し、その熱意にほだされた役人が「どうにか挑戦させてあげ
たい」と、とうとう法律改正までして補助金を出してくれた。

 昭和62(1987)年、村の全世帯にケーブルが敷かれ、テレ
ビ放送が流されるとともに、翌年から村独自の情報提供を始
めた。気象情報としては、村内3カ所に設置した気象観測ロ
ボットからデータを集め、地区ごとに最高最低気温や降水量
を提供している。市況情報としては、毎日、過去数日のレタ
スの出荷量、単価が一目で分かるようにした。農業経営とし
て必須の情報が得られるので、視聴率は100%となっている。

 川上村の607戸の農家の高原野菜の平均販売額は25百
万円(平成19年)。農業では高収入を得られないという日
本の常識を完全に覆している。


■4.海外との交流

 CATVの放送が始まる直前、藤原さんが予想もしなかっ
た事が起きた。親交のあった若手の農業後継者グループが、
村長選に藤原さんを推薦したいと言い出したのである。彼ら
が村民の過半数を超す支持署名を差し出した時、これはもう
逃げるわけにはいかない、と立候補を決意した。

 昭和63(1988)年2月、藤原さんは無投票で村長となった。
「これも宿命かもしれない」と、川上村の発展に向けて新た
な闘志が湧いてきた。

 藤原さんは、村長として精力的な村作りを進めた。その中
には、高齢者対策として大浴場、診療室などを備えた「ヘル
シーパークかわかみ」の設立もあるが、特徴的なのは若手村
民を対象にした人材育成事業だろう。

 その一つに海外との積極的な人材交流がある。カリフォル
ニア州で農業の盛んなワトソンビル市と姉妹都市提携を結び、
冬の農閑期を利用して、交流を行っている。こうした機会を
通じて、村民の多くが海外研修やホームステイなどの海外体
験をしている。

 グローバルな感覚を持った村民が増えて、レタスの海外市
場も開拓されつつある。台湾ではアメリカ産のレタスよりも
「品質が良い」と売れ行きは好調で、さらに香港、上海、シ
ンガポールへの進出も計画されている。


■5.独自の村づくりを目指して

 藤原さんが村長に就任する前年の昭和62(1987)年、総合
保養地整備法、いわゆるリゾート法が成立し、地域振興策と
して各自治体がこぞって、ゴルフ場やテニスコート、スキー
場、はては大型宿泊施設を備えたリゾート開発に乗り出した。

 藤原さんは、ブームに乗ってゴルフ場やテニスコートを作っ
ても農村文化の発信にもなっていなければ、地に足のついた
観光振興にもつながらないと思った。

 そこで、長野県がリゾート法の計画を策定した際、川上村
も重点整備地区に指定されていたのを、あえて返上した。全
国どこにでもあるようなリゾート施設で地域振興を目指すの
ではなく、従来からの農村の文化を大切にし、人間性豊かな
生活を享受できる村にしようと考えたのである。

 リゾート法の次に国がとった政策が、「ふるさと創生事業」
だった。昭和63(1988)年から翌年にかけて全国の市町村に
1億円が交付され、それを自由に使って各自治体が自ら創意
工夫をして地域づくりを進めよ、という趣旨だった。

「何をしたら村づくりに役立つか」「村独自のものができる
か」と考えて、藤原村長が始めたのが「川上村ふる里村塾」
だった。


■6.人材育成をためらっていては将来に禍根を残す

「川上村ふる里村塾」は、村民が運営し、コンサートや演劇
鑑賞、文化講演会など本物の芸術文化に触れる機会を設ける
ことで、心の豊かさを築く文化活動を目指した。

 こうした活動には、そのための施設が必要で、「川上村文
化センター」の建設を計画した。最大500名まで収容可能
な多目的ホール、150インチの大画面を備えたハイビジョ
ンシアター、村の自然や歴史を展示する資料館、24時間オ
ープンの図書館と、充実した施設を目指したので、その予算
額も20数億円になった。

 この金額は、当時の村の予算総額の半分に相当したので、
反対の声が強かった。

「そんなものにカネを使うのなら、レタスの保冷倉庫を建て
たほうが村のためになる」という声には、藤原村長は「農業
への投資は後回しにしても取り返せるが、いま、川上村の人
材育成をためらっていては将来に禍根を残す」と答えた。ま
さに前号で紹介した「米百俵の精神」である[a]。

 また「夜間無人の24時間オープンの図書館では、何十冊
もの本が盗まれてしまう」という反対には、「1日に何十冊、
いや何百冊盗まれてもかまわない。むしろ、盗んでまで本を
読みたいという気持ちが生まれるなら歓迎したい」と、持ち
前の熱意で説得につとめた。

 こうして建設された「川上村文化センター」で開催される
「ふる里村塾」は、今では100回以上を数える。村民主体
の運営が評価され、平成5(1993)年には「長野県地域づくり
大賞」を受賞した。

 24時間オープンの図書館は約6万冊の書籍のほか、CD、
ビデオ、DVDなども備え、幼稚園以上の全村民がIDカー
ドでいつでも借りることができる。利用率は長野県でも上位
にランクされており、村民の生活にしっかり根付いている。


■7.「おじいちゃんが植え、お父さんが育てた木を子どもが使う」

 川上村はカラマツなど天然木の宝庫でもある。カラマツは
生長が早く、炭坑の坑木や電柱用材として、近代日本の工業
化に重要な役割を果たした。

 しかし、高度成長後は安価な輸入木材に押され、「このま
までは村の林業、ひいては脈々と受け継がれてきた森林文化
が廃れてしまう」と藤原さんは強い危機感を抱いた。

 そこで「川上村林業総合センター」を平成9(1997)年8月
に設立した。カラマツ材をふんだんに使った木造2階建ての
建物は、森林と林業について学ぶスペースと、森林組合の事
務所からなっている。

 林業の復活には需要開発が不可欠だ。カラマツは建築材料
としては、スギやヒノキに比べて「そり」や「まがり」が出
る、乾燥させるとヤニが出る、といった欠点があった。川上
村ではこれらの欠点を補う品種改良や乾燥技術開発を進め、
外壁やサッシ、化粧合板、フローリング材を供給するように
した。

 こうした努力が実を結び、都会からやってきて川上村で林
業に従事する若者が増えてきている。

 平成20(2008)年7月、村の中学校の校舎がカラマツ材で
新築された。その建設では村の子供たちも、大人と一緒に木
を伐採した。「おじいちゃんが植え、お父さんが育てた木を
子どもが使う」という形が実現したのである。


■8.地方が活力を取り戻すために

 こうして川上村は農業を継ぐ若者も多く、また都会からも
嫁を迎えて、子どもたちで賑わう「明るい農村」になった。
情報化に支えられたレタス生産による豊かさ、「ふる里村塾」
や24時間オープンの図書館による文化的な生活、さらに、
自分たちの村に対する誇りと愛着が、若者を川上村に引きつ
けているのだろう。

 藤原村長は、著書をこう結んでいる。[1,p157]
__________
   地方が再び活力を取り戻し、住民の生活が豊かになれば内
  需拡大につながり、同時に少子化にも歯止めがかかります。

   というのも、都市よりも地方のほうが子育てをするには、
  自然豊かで地域のコミュニティもしっかりしており、また住
  宅も広いというように恵まれた環境にあるからです。実際に
  私の村では、出生率が高水準を維持しています。

   都市のエネルギーと地方の、とりわけ農山村が有している
  豊かな自然、これが融合したときに、日本は本当に暮らしや
  すい社会へと変貌していくものと私は確信しています。

   だからこそ、そんな理想の地域づくりを実現するために、
  今日も走り続けているのです。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

■参考■
1. 藤原忠彦『平均年収2500万円の農村─いかに寒村が豊かに生まれ変わったか─』
  ソリック、H21
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/490452800X/japanontheg01-22%22

■リンク■
a. JOG(632) 小林虎三郎 〜 人作りは国作り
 賊軍として破れ、どん底に陥った長岡藩で「食えないから学校を立てる」
  と説いた男がいた。
 http://archive.mag2.com/0000000699/20100124080000000.html
b. JOG(527) 夢と誇りを持てる農業を
 伝統的な「土づくり」と近代的な経営とで、農業は大きな夢を持てる職業となる。
 http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog527.html
c. JOG(604) 農業大国ニッポンへの道
 日本は美味しく安価なコメの輸出大国になれる。
 http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h21/jog604.html
d. JOG(582) 愛国心で経済再生
 消費者と企業が、その消費と生産にささやかな愛国心を込めれば、日本経済は再生する。
 http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h21/jog582.html

===============================================
Japan on the Globe 国際派日本人養成講座 購読申込(無料):
  http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/




スポンサーサイト

  • 2017.02.19 Sunday
  • -
  • 12:22
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

コメント
コメントする









calendar
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728    
<< February 2017 >>
sponsored links
selected entries
categories
archives
recent comment
recommend
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM